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同志社大学の日本史の過去問演習-高岡の大学受験指導塾チェリー・ブロッサム

  • 2月2日
  • 読了時間: 5分
日本史の過去問を解いていて、荘園制の理解を深める。
日本史の過去問を解いていて、荘園制の理解を深める。

毎日日本史の指導をしています。

国語などその合間に指導しているみたいです。

数学と英語を指導している生徒たちは、今日から金沢や富山や東京に受験しに行くので、今日は日本史だけです。それ以外に下級生のいろいろな指導がありますが、大学受験指導はそれだけなので、ちょっと一息です。

昨日送り出すまでに結構頑張って指導してきたので、まあ、納得がありますが、今日旅立った生徒さんたちは国立がメインなので、まあ受験慣れしてきてくれればいいし、とはいえ、難関大受験なので、押さえて来れたら自信が着くなあとも思っています。おそらくは共通テストで合格しているだろうこともわかっている生徒さんもおられるので、なおさら本番での自分との付き合い方を学んできてほしいなというのがメインです。


さて、昨日、ちょっと休憩の時間に、生徒さんが二階のチェリー・カフェに行っている間に、あれ?と思った国免荘と官省符荘の違いについて勉強していたら、ずっとその先まで深く勉強することになり、荘園制から武家政権の成立に至るなぜか?という部分を深く理解してしまうことになりました。


お恥ずかしながら、何故、国という字がついている国免荘よりも、官省符荘の方が、都合がいいということになるのだろうか?ということにしっかり理解が及んでいなかったのです。国司が与えるのと国が与えるという点は事柄的にはわかっていました。私はその意味が分かり、その流れまでつかめると、その言葉は意味によって暗記など必要がないくらいに頭に入ってしまいますが、なぜ?というところが理解できないと、しっかり入って行かないのです。

そこで、国免荘がなぜ国司によるもので、その権利というものが官省符荘よりも弱いものになるのかということを徹底的に調べました。


国司による、地元民へのまあ言ってみれば優遇措置で、自分がいなくなれば、自分の利益にならないので、そんなことどうでもいいのです。優遇するからよろしくね!というわけで、自分の任期の間は、不輸・不入の権利でもって優遇する。次の国司がやって来ると、そんなもの、ただの税金納めないだけの荘園で、何もメリットがないから、そんなものなかったことにするぜ!ということがあるそうです。言ってみれば4年間の期限付きの不安定な権利。

それに比べれば官省符荘というのは絶対永久に近い権利と言えます。だって、太政官や民部省がくれた権利なのだから、言ってみれば権利のエリート。これだけは大丈夫というやつです。


それから和与という仕組みについても知りました。

これは言ってみれば、当時の土地の権利における、権利を訴えるもの同士のお互いの訴訟に上らせないで当事者同士の話し合いでの決着、あるいは贈与になるそうです。

あらあら、これでは現代の民事訴訟法的な和解ではないですか!?

と思っていたら、まさにその通りだそうで、私は長らく日本という国は訴訟に馴染まない国だと思っていたのですが、中世ー鎌倉時代や室町時代にこんなシステムがあるくらい幕府がそれを認めれば訴訟と同じ効力を持っていただなんて、とんでもないことだと思ったのです。

受験時代には、あれこれ表層的にしか学んでいなかったのだなあと思わされます。


高校の先輩でもある大学で日本史を専攻された、高一の担任で倫社も教えていただいた高三の時の日本史の先生が、


私も高校時代には荘園についてよくわからなかったのよねえ。


とおっしゃっていました。どの時代をご専門にされていたのかよく覚えてもいないのですが、その後日本史をご専門にされたとんでもなく優秀だった、その先生もそうおっしゃっていました。

この度、荘園制についてあれこれ調べさせていただいていると、荘園制には、人間の知恵がいっぱい詰まっているように思えてなりません。

ちょっとばかり、言ってみればこざかしい知恵があるから、こういう制度にもなって、何とか税を納めなくてもいいように考えて、誰が土地をしっかり守ってくれるかという感情論から、武士の方があてになるという発想。


何かに経験から学びたい私ですが、よく、愚か者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶと言われますが、有名な予備校講師である林修さんも、歴史がお好きで、そのようにおっしゃっていますよね。たまたま勝つことはあってもたまたま負けることはないだったかな?負けるには負けるだけの理由がある、だったかな?


江戸時代後期の平戸藩第9代目藩主松浦静山が著した『甲子夜話』にある言葉だったそうですが、


勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし


というのだそうです。


こと、人の心を知るには、つい文学作品からと思ってしまいがちな私ですが、この度本格的にも本格的に日本史とお付き合いさせていただくにあたり、いやいやいやいや、歴史の中には、人間心理がたくさん詰まっているものだなあと思わされることがたくさんありました。


特に力を入れて取り組んだ、近代史。倒幕から明治新政府が政権を握る過程や、その後近代国家を何とか確たるものとしようと奔走する人たち。

その性格を知りたくて、本当にいろいろ調べました。

間を語れてこその日本史です。

事柄だけではただの暗記になってしまいます。

そこをストーリー性もあり、人の心を読むということもあり、当時の人々にはどう見えていたのか?などということもあり、高校時代なども思い出させていただくこともあり、楽しい指導になっています。


明治憲法発布のことを、絹布の法被をもらえると思っていた、なんていうエピソードを語ってくださった、高校時代の恩師の様子まで思い出されて、それはそれで恵まれていたことを思い出しています。


私も当時、先生方が私たちにしてくださった何分の一でも私の生徒さんにお返しできればと思っているのですが・・・。



 
 
 

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