冬期講習中ですが、ドラマを観ました!NHK「憶えなき殺人」
- 1月4日
- 読了時間: 8分

毎日朝から晩まで指導をしている冬期講習でしたが、一昨日、少し早く帰れたのをいいことに、ベッドにもぐりこんでスマホでドラマを観ていました。読みたい本もあるけれど、ちょっとそっちにはいかない・・・。
本と言えば、あることで出会いがあって、金澤周作『チャリティの帝国』がアマゾンで届きました。
そして、kindleには、ヘーゲルの『精神現象学』。夢中になっていた頃に冬期講習が始まり、とても読めなくなってしまいました。精神的にほかのことに集中しているときなので、ドラマの方がいいなと思ったのです。
リビングで座ってみているとつい夜更かししてしまうので、いつでも寝られるように、ベッドでスマホでした。最後まで観るつもりもなく、NHKオンデマンドに入っていた気になるドラマ「憶えなき殺人」を選びました。
そばにいたら、あまり好きではないような気のする、京都出身の役者さんの小林薫さんと、かつて朝ドラ「カーネーション」で父娘を演じた尾野真千子さんの共演です。確かこの方も関西出身の方ですよね。
岸和田を舞台にした関西弁がものすごく丁々発止だったのを思い出します。なかなか朝ドラを観続けるのは難しいけれど、「カーネーション」は毎日楽しみにしていたのを思い出します。
小林薫さんは、尾野真千子さんのことを、ちょっとの時間があったら、休んでいるところを目撃したらしく、インタビューで、
横着なとこあるんと違うかなあ。
とおっしゃっていたのを聞き逃さず、無茶苦茶忙しいヒロインを「横着」だなんて、と根性悪だと思ったのです。でも愛情深そうな感じもして、そのお二人の関係性においてはそういう言葉が使えるのかもしれません。
でも、おばあちゃんなどが、「こんな横着して・・・。」と言っていたニュアンスには、なんというか、図々しいというか、いかにも、なニュアンスがあったのです。おばあちゃんのいる家で、
真弓が横着して・・・。
と言われても、へへへと笑っていられても、違うところで
横着して・・・。
と言われたら、とんでもなく傷つきそうです。(笑)
そうそう、そんなお二人が、元警官(25年間駐在さんで、元刑事畑にいた。)と刑事という形で出会います。
近所に殺人があっての聞き込み捜査の段階です。
元警官の小林薫は、やって来た刑事に親しみを覚え、あれこれ話します。
○○○○っていう男は危ない。アイツは・・・。
と言ったところに、
その○○○○が殺されたんです。
と返され、
えええ?○○がやったんでなくて?
と被害者側であることに驚くのでした。
初めて東京に出て来た可愛い女の子に笑顔で声を掛けられて、その彼女にストーカーをしていた男で、その男がしつこくて、とうとうその彼女が追いかけられたストーカーであるその男から逃げようとしてベランダから落ちて足を怪我してその街を出て行ったのだそうです。
その時の怒りをあらわにする駐在さん。
ところが、その殺人のあった時刻にちょうど犯行現場近くで駐在さんがいたという目撃証言やコンビニに移った姿が防犯カメラで確認されて、駐在さんが犯人だという証拠が次々に上がっていくのです。
ちょうど駐在さんは、近くの個人病院の医師から認知症についての詳しい検査を進められていました。
その先生のところに来た尾野真千子演じる刑事に、その、橋本淳演じる医師(この先生が素敵!)がこう言います。
刑事さん、僕は佐治さん(駐在さん)ではないと思うなあ。医師として友人として。あなた方は認知症というと何もかも忘れてしまうと思っているかもしれないけど、でも、そうではないんですよ。尊厳もあるし素敵な思いもある。それを覚えていないから犯人だと言うなら、人権侵害ですよ。
私も母が祖母の認知症を見ていたからある程度理解はあると思います。
という刑事に、
あなたのおばあさまにも、素敵な思い出があったのかもしれませんよ。
と語るのです。
前後も詳細もあやふやですが、その言葉を語る橋本淳は、若い頃出演していた俳優さんとは違って、なんとも重みのあるいい俳優さんになっています。たしか、MUI404にも出てなかったかな。
ある夜、夫が眠るそばで、小さな娘を寝かしつけていた刑事のところに母から電話が掛かってきます。
忙しいけどパパがやってくれたから。めちゃくちゃ疲れてるけど・・・。
と忙しいけれど素敵な旦那様と可愛い娘がいることを感謝している様子。その中でふと尋ねたことは、
おばあちゃん、よく認知症になってから商店街に行っていたけど・・・、あれはなんでだったのかなあ。
ということでした。医師の言葉がちゃんと胸にあったのでしょう。みんなから慕われている駐在さんが犯人であることで、切ない思いをしていた時のことでした。
ええ!?そうだったの!?
起きて来た夫に、彼女のおばあさまが、認知症になってなぜ商店街に行っていたのかということを、涙を流しながら語ります。
彼女が中学生の頃、始業式の前日、クリーニング屋さんにセーラー服を出していて、取りに行くのを母が忘れて、ものすごく怒って、で、もう学校に行かない!
と怒って怒っていたのだそうです。ここで、そういうとき、教師としてならどう対応するかな?と考えましたが、わが母校の中学は荒れていましたから、生徒としては絶対に許されなかったと思います。教師目線では、だったら体操服で?となりますが、前例を作る怖さも知っていますから、それは相当に注意されることになるでしょう。
それを見ていたおばあちゃんが、クリーニング屋さんにセーラー服を取りに行ってくれたのだそうです。あそこは古い知り合いだからと。閉まっているシャッターをどんどん叩いて。
そのことを認知症になっても忘れなかったおばあちゃんは、孫娘が始業式にセーラー服を着て行けないといけないと思って、それを毎日毎日商店街に取りに行っていたのだそうです。
その話をする尾野真千子演じる刑事と共に、私は泣きました。
なんて素敵な話なんだろう?
認知症になった駐在さんは、本当に犯人だったのでしょうか?認知症になった佐治さんの心にあったものは何だったのでしょうか?
自分が犯人だと決定的なことを思い出してしまう佐治さん。
久しぶりに東南アジアの仕事から帰って来た娘さんを、刑事が捕まえに来たと思い込んで、
まだ捕まりたくない!
と頭を抱える佐治さん。
お父さんが犯人なわけないじゃん!
と絶対に信じない娘。それをめちゃくちゃ華やかな美人の中越典子が演じていて、母親している尾野真千子の苦悩と好対照に描かれています。
さて、駐在さんは本当に犯人だったのでしょうか。
真実はいかに?
どんどんどんどん追い詰められていく刑事と元警官。
どんどんどんどん見えない暗闇に突入していき、共に切なく重い塊を心に抱えることになるのです。
でも、この二人の誠実な苦悩に、なぜか人として生きることの意味を考えさせられる。
いいドラマです。
三年半前に母が妹のそばに引っ越して兵庫県の西宮市にいる頃、急に大動脈解離を起こして、私の知らない間に緊急入院しました。妹から連絡があった頃には落ち着いていたようなのですが、後で聞いたところによると、高齢者特有のせん妄になっていたらしく(私はせん妄をフランクルの『夜と霧』を読んで知りました。それと高校時代の同級生がその道の専門家な様で、その人の書かれたものを読んでいて、高齢者にそういうことがあると言うことを知っていました。)、母はその中でも、なぜか私と妹に、お粥を炊いてあげなければ・・・、とお米を研ごうとしていたというのです。
それから、こちらに来て、ちょうど三年前に、圧迫骨折で入院しました。その時は麻酔が効きすぎて、やはりせん妄を起こして、夜中に電話が掛かって来て、付き添いました。
母は何度も何度も点滴の針を抜き、私を見ては、横に、ここに寝たらいいと言ったのです。
看護師さんには相当申し訳ないことでした。
そのお昼も、母は、私の周りにたくさんの人がいて、私を連れていく・・・、と思って怖くなって、私の名前を呼んでいたというのです。
あああ、母親というものは、そんなときになってもまだ子供のことを思うのですね。
じゃあ、自分がせん妄になったとしたら、なんて言うのだろうか・・・?
と考えてみて、おそらく・・・、と思い付いたのは・・・?
こら!〇〇ちゃん!ちゃんとホームラン打ちなさい!
だったり、
お昼にホッとサンドを作ってあげなくちゃ・・・。
だったりしそうです。(笑)
あるいは娘の白い絵の具がないから、教室の数軒先の画材屋さん「たんぽぽ」さんに行こうとするかもしれません。
中学時代、美術部だった娘は、しょっちゅう白い絵の具がなくなったと私に言って、夕暮れ時に、もう開いていないかもしれない画材屋さんをはしごしたのを思い出します。それも急に言うから・・・。(笑)
そうそう、白い絵の具のような気がします。もしかしたら息子の野球用の白い靴下の穴を縫わなくちゃ!か練習着を干さなくちゃ!かもしれません。私と同じく親指が長い息子は、これでもかと白いソックスに穴をあけて、そういえば監督は私にその穴を縫うようにおっしゃったことがありましたっけ。
もしも認知症になったら、その人の一番大事なものが立ち現れてくるのかもしれません。
それだったら、たしかに認知症の人の為に、役立ちたいと思う人がいることの意味を思ってしまうし、考え方を変えれば、ご本人にとって一番大事な、純粋に大事なものが、周りの人に見えてくるのかもしれません。
意外に小さい頃を思い出して、大事で大事で仕方のなかった妹の優ちゃんの為に、私は何かをしに出掛けるかもしれません。
なかなか家に帰って来ない兄を探しに行ったりもするのだろうか?
橋本淳演じる医師の、
素敵な思い出があるのかもしれませんね。
という言葉の重さを思ってしまいます。
そういうときにこそその人の、それまで生きて来たエッセンスというようなものがわかるなんて、それは真に、素敵な結晶のようなもののように思えたのです。




















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