受験勉強でも何でも過程が大事な話-高岡の大学受験個別指導塾

ここのところ、私はある実務に追われている。
正直いつまでかかるのかわからない。
割とやり出したら早い方だし、動けば何とかなるものだと思っていた。
ただ、他の事なら、勝手知っているものだから、だいたいこれくらいかかるとか、こういうことが起こって来るとか想定の範囲内で終わるが、やれこれがない、これが必要などとなかなかすんなりとはいかない。
装具をつけていた頃から、少しずつ動き出したが、同じ場所に何度も行くことにもなった。
で、どこかからか、○○をしておいたら便利だとかいうことが伝わって来て、ああ、それもしておこうか・・・、ということにもなり、結局仕事が増えている。
かと言って誰かに頼めばなんでもやってくれるという性質のものでもなさそうである。
というか、頼み方もわからない。
それでコツコツと地道に行動している。
そうして思い出したのである。
だいたい物事というのはそうそうすんなりいくものではない。
初めてのことは特にそうである。
それをあきらめず投げ出さず少しずつ辟易しながらでもコツコツやっていくといつか最終地点にたどり着くというわけである。
それに、その物事って、誰かとの思い出が絡んでいるということもある。
例えば片付け一つにしても、いろいろなことを思い出すということだってある。
そういう時間って大事である。
何でも早く進めるということがいいわけじゃない。
それにどうしたって気持ちが乗らないこともある。
思い出だってある。
片付けなくてはならない気持ちもある。
そういうのを無視して、何でも人間と人間の関係が絡んだことを早くするというのは違うと思う。
その人との思い出を大事にして、一方でその人を大事にしつつ、きちんと進める。
人と人の事ってそういうものだと思う。
だから、誰かがいなくなる時には送別会もするだろうし、誰かが入ってくるときには歓迎会もする。
なにか事務的に進めたらそれでいいわけではない。
そういう間というか、そういうものを大事にする人間であってもいいし、そういうことって結構大事な気もする。
勉強もそうだ。
一足飛びに点数が上がったりなどしない。
一つひとつの小さな努力がその人の成績に繋がっている。
小さな努力を厭わない。
この力が着くためには、これもやっておかなければならないとわかれば、そのことをしっかりとやっていく勇気が必要である。
そうそう、勇気。
初めてのことには勇気がいる。
行動するということは勇気である。
『しあわせになる勇気』という本があるが、現状のままでいる方が、しあわせに向かって努力するよりもずっと簡単である。
しあわせに向かうためにときに人は身を切られるような思いをすることがある。
誰かと別れなければならなかったり、心の中でその人をそっといないことにしなければならないこともある。
次のステージに行くために。
誰とでもお付き合いしていればいいというものではない。
こと勉強との関係だってそうではないかなあ。
あの、○○の分野にはてこずったなあ・・・。
とか、
あの○○は苦手だったなあ・・・。
とか、一生懸命に取り組んで付き合っていったことが思い出であり、そしてその後仲良くなる分野になることだってある。
私はプロセスを大事にすることが好きだし、プロセスを大事にしないことって後から何か起こりやすいと思う。
だからきちんと進めたい。
どんなことも。
ただ、私だって、何かの試験に向かうときには、円周角をテクニカルにササっと教えてしまってそこだけという指導だってする。
でも、これからも付き合っていかなければならない人には、ちゃんと理論を教えもする。
その人の人生の仕上がりも、過程をいかに大事にしたかによるのではないかなと思う。
形だけ、やったことにする、手っ取り早くとういう生き方がどうも好きではないなあ。




















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