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昔は本を読む方が好きだったけど・・・。


その昔、若かった頃、私は人と一緒にいるのが苦痛でした。

自分の価値観と合わない。

しかも自分は、周りの人も言うように、あまり間違ったことも言わない。

もっと言うなら、焼きもちすらも焼かない(この件については、ほかの場所で書きました。)。

面倒くさい感情をぶつけられて、その理由を訊いたら、自分でもなんでかわからんけど・・・、などと言われることもあり、そんな面倒くさいことから逃げたい私は、それはずっと本を読む方が楽でした。


本の中には結構人間らしい(この、人間らしいという言葉の定義は本当に難しくはありますが。)人が出てくるけれど、私には何もしない。だから、本の中で、人と付き合っている方が楽でした。


嫌がられる、というより、自分が嫌になって、お付き合いしたくない、ということは結構ありました。


数年前、アドラー心理学の本を読んでみて(アドラーについては実は大学時代にフロイト、ユング批判の立場からの性格心理学の講義は聴いていました。)、ああ、友達を作る理由はこれか・・・、と思ったのです。


人間は弱いものだから、共にいなければ生きていけない。それは生存本能としてそうなのだ、ということを読んだのです。

しかもトラウマ、というものは存在しない。

トラウマは現状維持の言い訳である。つまり、そのことにしがみついていると利益があるのだ、ということも納得しました。


先日、ある生徒さんが、あるお友達のことについて、学校で一人で寂しそうだった、と聞いたことを教えてくれました。

そこで、私はふと、その感じを思い浮かべてみました。

そしたら、それはその子にとって、あまり問題ではないのではないかな、という感じがして、考えたのでした。

たぶん、その子はそれで、楽しくないこともないのではないかな、と思ったのです。


仲間外れにされる、ということもあります。

でも、もしかしたら、仲間はずれにする方に問題がある場合もあります。

だいたい、仲間外れにする方にもされる方にも全く問題がない場合もあります。


仲間外れにする側は一人では生きていけなくて、仲間外れにされる側は、一人でもやって行けたりします。

学校で一人だから心配、というものでもないと思います。


親御さんなら心配にもなるのでしょうが、たくさんお友達がいる方がいい、というわけでもないと思います。


私のことを、生徒たちは、友達が多そう、小さいときからたくさんの友達に囲まれてきた感じがする、と言います。

数だけで言えば、兄や妹の方がたくさんいたように覚えているのです。


おかしなもので、本人は自覚もないのですが、私は一人が好きな面もあり、そして、人が集まれば集まったで、それはそれで楽しいのです。

いろんな人がいればいいと思っています。


ただ、誰かが一人でいるから、たくさんの中にいる自分は安心、みたいな気持ちはもちたくないな、と思っているのです。

要するに大勢の方がいい、みたいな。

みんな協力して生きて行っているのですから。


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