家事をするための動線を考える


静養のために滞在している母は、少しでも私を手伝おうと、キッチンや収納を使い勝手良くするようにあれこれアイディアを出してくれる。

一緒に見にに行きたいと思っていたけれど、なかなか時間が取れないので、今日、アマゾンで、収納のためのあれこれを注文した。

どうも母としては、自分がそばにいて、貢献しているのだ、という実感を持ちたいようである。


別に何か困っているわけでもないし、ゴロゴロしていてくれてもいいのだけれど、意欲的で、向上心が強い母は、母なりに貢献したいということだろう。

これがあったら、○○してあげられる、これをこうしたら、便利だと思う・・・。

母の要望を聞いて、こうしたら、楽に動けるのかな?と思って、便利だと思うものをサラッと選んだ。

あまり深く考えていると時間ばかり経って行くので、ここは失敗したらやり直す覚悟で進めている。


どうも、こちらにやって来て、母は食欲も出て、水分もたくさん取ろうと思えるようになり、そして、何よりゴーゴー眠っている。夜になると、結構おしゃべりしながらお菓子をたくさん食べていたりしている。

今日も、一緒に参加した、「哲学カフェ」(私に着いてきたー途中、眠ってグーグー言わないか心配で、ときどき肩をポン!と叩いたら、お隣の人も笑っておられた。)の帰り道、何かお菓子を買っていこう!という話になった。そして、立ち寄ったドラッグストアで、たくさん籠の中にお菓子を、これも、あれもと入れている。きっと夜になったらたくさんたべて、緑茶をたくさん飲んで、おしゃべりしたいのだろう。


私、なんでこんなによる熟睡しているのに、こんなに眠たいのかしらん?

と訊くので、

そりゃあ、ついこの前まで入院していたんだし、眠いのは当たり前でしょ!

と言っていたけれど、眠い、だとか、たくさん眠っている、だとか、たくさん食べられる・・・、などという言葉をしょっちゅう聞いていると、やはり一人暮らしは、それなりに緊張していたのかな?と思わされる。

父が亡くなって、6~7キロもやせて(いい夫婦ですね!と今更ながら思う。)、それから戻っていないらしい。

どうも、私のそばに来て、安心しているらしいのである。


昨日、面談の時にも、先生には何でも話せる雰囲気がある、と、あるお母さまが言ってくださったけれど、別に母とは言わず、私のそばなら安心、と思ってくださる方は多そうである。

体型のせい?(笑)


今日も、親子に見えないでしょ?私がこの人の娘だとは思えないでしょ?と訊いたら、

いや、笑ったら、目の感じが似ているような・・・、雰囲気似ていますよ!ただ、サイズが違うだけで・・・、と言われ。

やっぱり、それ言うでしょー!

と言っていた。

母は小さくて細いのに、私はワイドで、全部私が吸い取った説があるくらいである。(笑)


とりあえず、安心していただけるのなら、安心して、眠るなり、食べるなり、何だったら、勉強もしていただこう。

それから、ちょっと母が役に立っていると思える工夫をしてみよう。


そうそう明日は忘れていたけれど、金沢出張があった。

それも着いてきそうな勢いである。

まるで小さな幼子を連れているようである。


現代文で扱った、大学受験用の問題集に掲載されていた、須賀敦子の『旅のむこう』のママを彷彿とさせる。

生徒に解説しながら、私は、この文章を読みながら、遠くに住む母のことを思っていた。舞台が、ちょっとだけ関西になるところがあるので、余計にそう思ったのかもしれない。娘を頼りにしているところなど、まるでそっくりである。


お菓子を買ってご満悦で、お食事に行くよりよっぽど安い、とか言っている。

なんの言い訳だろうか?

だいたいお食事になど行く必要がないのである。

だって、私のお料理の方がお口に合うでしょ?

そりゃあ、家で食べるのが一番楽でいいでしょ?

そもそも外食が好きではない人だし、買ってきたものは好きではないのである。

先日は、富山の郷土料理だけれど、作るのは時間が掛かるので、とあるお肉屋さんで売られていた、べっ甲だけは買ったものを食べてもらった。

母はべっ甲を知らなかった。

私はこちらに来て、べっ甲なる食べ物を知ったし、作り方も教えてもらったけれど、母の姉である伯母が、あるお手伝いをしたご褒美に、私の大好きなお料理全集をプレゼントしてくれた。その中に、郷土料理として、べっ甲の作り方が入っていたのである。ふふふん。これが富山の郷土料理よ!でも、ちょっと卵がたくさん目のべっ甲だけど・・・。

母もおいしいと言ってたくさん食べていた。

これは熱を出したときでも、スルッと身体に入っていくおいしさである。冷たく冷やしたのは最高である。


昔、仕事で忙しかった頃、帰りが遅くなったときなど、パパは単身赴任でいないし、もう、今日はどこかで食べようよ!というのを子どもたちに拒否された話を、あるお父さんにしたら、お母さんの料理の方がおいしいからやないけ?と言われて、嬉しいのかそうでないのか複雑な思いをした。

唯一、これなら・・・、と許してもらえるのは、イオンにあるバイキングであった。

さすがにバイキングは、家ではできない。

あの、食べたいものを少しずつ取って来る、という魅力は、抗いがたいものだったのであろう。(笑)


小さかった頃、まだ祖父母やまだ結婚していなかった叔母が家にいた頃、夜になって、順番にお風呂から出てきて、今のテーブル(冬はこたつ。)を囲んで、何やかやとお菓子を食べながら、洋画を観たり、ドラマを観ていたりした雰囲気を思い出す。なぜか母よりお化粧を塗って、つやつやした祖母の顔を思い出す。私は、自分の寝る部屋にはいかず、祖父母の居間に居がちだったからだろうか?


あの夜のひとときが好きだった。

まだ、本格的に勉強を始める前の、夜、家族で団らん、という雰囲気があったころ。

どうしても、小学校高学年から中学生になる頃には、自分の部屋で勉強する時間が多くなる。

そして、いつのころからか、生徒の、親御さんとの時間が取れない葛藤をお聞きするようになって、私は、勉強する、ということは自立を意味するし、どこか家族から自立し、離れていく寂しさを味わうものなのだろうな、と思うようになった。

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