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ウソやーん!


なんで、こういうことが起こるのかしらん!?ということが、ときどき人生にはある。

悪いことは、わりに予想がつきやすく、あまり驚くことはないが、嬉しいことというのは、なんとなくの感じはあるものの、頭では、思いっきり「ウソやーん!」という風にやってくるような気がする。

先日、ある用件で、ある人に、あまり楽しい話題でもなかったのだが、まあ、いかに教育するか?系の話で電話したら、「私も先生に用事がありまして・・・。お話をお聞きしてから・・・。」などとおっしゃる。私の悩み?愚痴?これからの展望?を聞いて、適切なアドバイスをいただき、ついでに食事の約束なんかもした挙句、なんと素敵な仕事のお話が舞い込んだ!

人知れず、いやいやひそかに、国語が本命なら(ちなみに英語はボーイフレンド。地理になると少々の浮気相手(I love geography.)。数学は、思い切り本気の浮気相手であるが。特に最近、幾何が面白い。)、崇拝している人のような分野が私にはあるのだけれど、その崇拝している分野の講義の依頼だった。

もちろん、それなりの準備が必要になるだろう。

用意しなければならない本もたくさんある。

でも、結果がどうの、というより、その準備している、努力している期間が私は大好きだ。

もちろん、予備校などで授業するとき、教室に向かうときと、戻ってくるときでは、「授業しましたー!」と戻ってくるときの顔が全然違って、輝いているのが自分でもわかるのだから、本番も大好き。教壇は、私たち教師にとってはステージみたいなものだろう。でも、その準備をする時間の、楽しさも、それはそれは甲乙つけがたく楽しいのである。うまくいくだろうか?90分で話し終えるだろうか?完結するだろうか?などなど、迷っている時間の楽しさったらない。

最近、そうそう準備に時間が必要のない指導が多くなってきた。いやいや、国語は、引き出しがたくさんあって、これを話せばわかってもらえる、ということが多く、ほかの教科との差が歴然としてある。それはそうだろう。経験が違う。それでも、生徒の皆様からすれば(ちょっと尋ねてみたのだけれど。)、何でも聞いて大丈夫、という面はあるらしく、それなりに研鑽したり、工夫はするけれど、自分の力いっぱい出さなければできない、というものではなくなってしまっている。

自分の伸び、という点で言うと、もっともっと伸びたい面がある。一応、学術と実務の両面で生きていたい私は、どちらも学びたいのである。教育者であるのは言うまでもないけれど。

一生、一講師として、授業をしていきたい。もちろん教室の運営をしなければならない身ではあるけれど、絶対授業からは離れない。そういう意味で、伸びさせていただける機会があると、思い切り、心がトキメクのである。

愛してやまない分野に、やっと戻ることができた気分。

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