私をほめてくださいーヘンデルの「私を泣かせてください」をもじって 笑


褒めて、褒めて、褒めて・・・。

しばらくの間、私は、生徒たちに、「褒めてコール」を連発していた。

今度、父の担当の先生にお会いするために、私は、高速飛ばして、大阪行くのよ(時間稼ぎのために。)!偉くない?私が高速飛ばして大阪よ!!

と言って、自分を鼓舞していた。

正直不安だったのである。

夜、生徒さんの指導を終えて、夜、車で大阪に行くことになっていた。

ひとつは移動時間が惜しいから。

ひとつは、父の、母との電話越しでの、「今度は、真弓の車で相乗りしていくんやろ?」という言葉が聞こえていたから、何としてでもたどり着かなくては、と思っていたから、不安な自分の気持ちと闘う数日だった。

9日の夜の出発だった。

母が、「大丈夫かしらん?」という横で、父は、「大丈夫や。真弓のことやから、ちゃんと安全運転して、危ないことはせんと、ちゃんと運転してくる。」と信念していたようである。

喧嘩も一番よくした、真ん中っこの私を、実は一番頼りにしてくれてたのかなあ、と今更思ったりする。

実は、30年前、兄が、東京にいたころ、大学生だった私と母がタグを組んで、父の「肺がん」と闘ったことがある。妹は高校受験生だった。間違いなく位置的に肺がんだった、ところが、手術してみると、繊維化して、固くなっていた。珍しい症例、と言われた。専門的なことがわからないにせよ、父は、30年、健康に過ごしてきた。

今度も、という想いで、大阪まで駆け付けた。

正直、恥ずかしい想いもした。

何十年もお会いしてない方に連絡も取った。唐突に。

ひそかにその方のお仕事に惹かれてはいたけれど、あまりに唐突な電話もした。

その、ご指示があって、私は、父の主治医の先生のお話を聴けるところまでたどり着いた。

あとは、運転・・・。

高速道路は、皆さんがおっしゃるように、普通の道路より単純だった。

確かに長かった。

まだ石川県?まだ福井?ようやく滋賀県に入った、と思ったら、京都までが長かった。

京都市内?あら、まだ大阪に入ってないの?京都市内?ここどの辺?大阪って、ああ、寝屋川?あらま、まだ寝屋川に入ってないの?標識と、スマホの指示との不安な情報から、でも、思いっきり頼りにして、ちゃんと到着した。

ご姉弟の個別指導を、振替にしていただいたおかげで、朝方ではなく、まだ夜遅くに到着できた。

無事、今は富山にいる。

明日は、教室の一部引っ越しがある。

今日は完徹だろうなあ。

皆様の励ましのおかげで、なんとか行ってくることができた。

あれこれ兄妹とも連絡を取って、父と母の不安を軽減するように努めた。

人間だから、全然完璧にはいかない。

頭を下げたって、それで済まない話もある。

それぞれの立場もあれば、思いもあるのだから。

お父様、どうですか?私たちのことはいいから、行ってあげてください。

お父様どうでしたか?

後悔しないように・・・。早く行ってあげてください。

生徒さんや保護者の方々のご理解と励ましが、どれほどありがたかったかわからない。

父に伝えた。

教室の生徒や保護者の皆さんが応援してくださってるからね!

また、30年前みたいに、ひっくり返せるかもしれんよ。

なんせ、お父さんは、30年前の前科?があるからね!

父をすっかり前科者いしている私・・・。

というわけで、どうやって過ごしてきたのかわからない9月だった。

大変なことがあると、ほかの心配事がどこかに消えていく、という効用はある物の、どうも、私は忙しかったようである。

というのも、断片的には覚えていても、それをつなげるほどの記憶がない。と言うか、つなげている暇がなかったのである。

そう、明日は引っ越し。教室の一部引っ越し。

そうして、私は、今夜は完徹。

その事実がある。

頑張りまーす!!

ということで、10月から教室が一つ増えることになる。

乞う!ご期待!!

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