感受性?

October 26, 2016

O先生に相談する日々が続いた。

O先生だけじゃない。コンサルさんにも、オッパにも、それ以外のいろんな女性たちにも・・・。

 

そんななかで、いつも通り、私を助けてくれるO先生の言葉が嬉しかった。

逡巡する自分に苛立ちながら、何度も岐路に立つような、そうして、何とかこっちに持ってきた、という過程で、何度もメールした。どうする?

ときに感情も入れながら、でも、教育への想いを語ってくれながら、結局は私の意志を尊重してくれるし、「もし、私が、○○の方を選んだら、もう、呆れてしまいますか?」と聞いても、「私は、先生の判断に合わせるだけで・・・。」といつも通り変わらずにいてくださる。

ママ友兼保護者も、いろいろ相談に乗ってくれた。こちらは、超超長電話。もちろんいつの間にか相手の相談に乗っているというのもいつものパターン。

 

O先生が、指導が終わった後の相談を終え、帰ろうと靴を履きながら、玄関で、「そういうことに、一生懸命悩まれるから、先生なんだと思います。そこが先生らしいから、むしろ悩まれんかったら、私はがっかりするかもしれません。」と言ってくださった。

それまでにも、「先生は、感受性が強いから、きっと、喜ぶことも悩むことも多いと思います。」なんて、見抜かれていたのね、発言をされた。

O先生には、すごーく見抜かれた感のある発言をされて、意外な感じがすることが多い。

かつて、O先生も知っていらっしゃる同僚を亡くしたことを知って、落ち込んだ私を、それとなく見守ってくださっていたのも、O先生だった。

 

感受性が強すぎて・・・、これはかつてオッパにも言われた。

まるで子供のようである。

アシスタントさんには、天真爛漫やねー、と言われている。

子どもたちも、よく、感受性が強い、と先生方に言われていたのを思い出す。

みずみずしい、子供らしい感性の詩を書いて、ハッとさせられる、と言われた娘。

むしろ散文を書かせたら、その感受性が、バーッと顕れた息子。

表現の方法は、違うけれど、その感受性の強さに、母同様、ときに辟易しながら、自分とつきあっているのかもしれない。

 

年を重ねるごとに、図太さも加わってくるから、私は、感受性が強すぎて・・・、と言われる自分がようやく嫌いではなくなってきた。感受性を強くしようとしても、無理だと思う。ならば、感受性が強く生まれた自分にむしろ感謝するほうにしたほうが絶対にいい。感受性に慣れて、自分と付き合い、折り合いをつけるだけの図太さは、徐々に身についてくる。だから、年を重ねるごとに楽にもなってくる。

 

でも、結構、サバサバ路線で生きてるように思われていると思ってたんだけどなあ・・・。

先日、生徒に、感受性が強い自分自身についての相談を受けて、どうも、私は感受性が強いとは思われていなさそうで、しかも、昔はね、と生徒にアドバイスしていたのに、そんな、バレバレだったなんて・・・。

ちょっとね、女優はできていなかったわけね!

 

名誉挽回のために、生徒に指導されているO先生にされた国語科的質問には、バシバシっと答えていた。バレていたのを恥ずかしがってる自分を隠すように・・・。もしかしたら、先生が、むしろ私に、そういう機会をあたえてくださったのかもしれなかったりして・・・。

 

いつもながら、あちこちで、いろんな人に助けていただいて、私は生きてるよなー、とありがたがっている。

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