小さなしあわせ?いえいえ大きな大きなしあわせ♡
実は、三週間前に書いたものです。でも、なんだか、アップしておいたほうがよさそうな気がしてきたので・・・。
考えてみれば、時間はいつも味方だなあ、と思う。
今日、やりたいことはあるけれど、あまりやる気にならないので、とにかくとっかかりをつけようと、まず一つ用事を済ませに出掛けた。
その用事を済ませて、駐車場に車をおいたまま、かつてよく出かけた、カフェ&コーヒー豆を売っているお店に入った。そこのオーナーさんとは以前にもお話したことがあったけれど、ずいぶん前なので、覚えてもらっしゃらないはずなのに、私相手にいろいろお話してくださった。コーヒー豆、と言えば、大好きな地理とは縁が深く、勧められた豆の原産地にすぐ目が行ってしまう。心の中で、「あなたは、○○から来たのね?」と話しかけている。「エルサルバドル、エルカルメン?どこだったっけ?」と言う私に、「行かれたことあるの?」から始まって、あれこれユーモアたっぷりに話してくださった。いつもいつも通好みのコーヒー豆を買うわけにはいかないけれど、まあ、ちょっと最近、自分に優しめにしている。これには理由がある。今だけ、ちょっと、優しめにしている。どちらかと言うと、私をよく知る人からは(適当に知っている人からは、そう思われていないと思う。)、どちらかと言うと自分に辛口だと言われがちな私だけれど、今は、自分に甘くしようと努力している。
だから、授業も、無理していない。自然体。
M先生が替わってくださることができるときは、お願いできるものはお願いしてみたりしている。
そうすると、専門教科の国語が、乗ってきて、本来の自分に戻ってきている気がするから面白い。国語って、ある程度、何かを感じるだけの感性をいつも持っていないと、いい授業はできない。
それにしても、以前、幼稚園のママ友や、勤務していた高校の先生仲間とランチに行っていたころに比べたら、いろいろなことが片付いたなあ、とつくづく思った。
精神的な負担も大分減った。それだけいろいろな現場や真っ最中ということから退いたことになるのかもしれないけれど、でも、好きな仕事をしているという点では以前より働いているかもしれない。
二人の子を独立させた伯父が、子育て時代を懐かしんで、寂しい、というようなことを言っていたけれど、寂しいと言っている暇もないほど、どんどん忙しくしているような気のする私。
コーヒー豆のお店の帰りに、予定していた通り、布屋さんに行った。
いつものように、プロにあれこれとご相談。
最初、あまり機嫌よさそうではなかった店員さんが、だんだん親しみをもって、にこやかに対応してくださって、嬉しくなってくる。
素敵な布を見つけたので、ブラウススーツを縫いたいなどと考える。
が、実際縫わなくても、布を買った、ということで、なんだか贅沢な気分に浸り出すから不思議。
でも、自分で縫ったら、既製品よりずっと安く、それにいいものを着ることができる。
そうして、いつか縫おうと、用意している布は増えるばかりである。
包装紙や布など、きれいなものを眺めていたり、手に取ってみるだけでも、気分が安らぐ。
手作りのものが大好きである。
何かに手を掛けることが好きな私。
もうちょっと能率的に生きてみたら?なんて、誰にも私には言えなさそう。
そう、能率的に生きていけるようには、どうもできてはいないようだから。