ママ友&保護者のお話


 なんだか、日曜日になったら、電話をしている友人がいる。彼女にとっては、私はちょっぴり恐ろしい友人のようで、なんだか私は、彼女のことを、まるでそばで見ているかのようなことを言ってしまうらしいのである。

 しょっちゅう電話していたら、お互い仕事を持つ身で、家事もあるし、迷惑かなあと考えていたら、どちらかが同じこと言って、月曜日に掛けていたりする。

 つい最近、彼女は、ある職場を去って、新しい職場で働き始めた。

 話を聴いていた。辞め方まで伝授した。どうすれば、あとくされなく、そうして円満にスムーズに辞めることができるか。私は、結構たくさんの職場を経験させていただいてきたけれど、同僚に言われて気付いたのだけれど、あちらの事情で辞めなければならなくなったのは、たった一度きりだった。しかも、ひとつの職場に、十分学ばせていただいた、と思えるほど、一つ一つの職場にいさせていただいている期間も結構長かった。だから、やむを得ず辞めるときのタイミングや、そういう時の自分との付き合い方も知っている。つまり、これ以上いたら、よくはならない、努力をしても空回りになったり、無理をすることになるなあ、と感じたら、できるだけ上手に伝えるようにしている。こちらが上手におさめようとしているのに、わかってくれないときは、仕方なく本音を伝えることもあった。

 彼女は、ある、上司?に当たる人の表現が、どうしても受け入れられなくて、これ以上その場所にいたら、自分がいい仕事ができないと思ったのだそうだ。その段階で、私はお話を聴いていたのだけれど、ちょっと職種が違うので、ピンと来ないとは言うものの、誰のどういう表現が、思い切り彼女の心に残ってしまったのかは分かった。

 要するに、一生懸命にやっていた自分の誠意が伝わっていないということが辛かったようだ。

 確かに、自分に何の悪意もなく、誰かを貶めようとする気持ちもなく、ただただ一生懸命に、その働く場所、あるいは周りの人のために良かれと思ってやっていても、その誠意が理解されないこともある。

よくある話、と言えばよくある話。誤解されることもあるだろうし、自分が、何かについて、深く考えて行動しているときに、相手がそこまで考えんでも・・・、という人であったなら、その良かれと思っている言動は、おそらく理解されないだろう。最近、そういうことに腹を立てるよりも、そういう組織の体質だったり、そうならざるを得なくなった状況の方に目を向けるようになった、というより、私の場合、すべては過去のことなので、ことさら誰かのことに注意を向けている暇もない。ただ、彼女は、今、まだ、心の整理をしている最中のようで、ただ、お聴きするように努めている。意見を言うより、ただただお聞きしている。そういうことって、時間が経たなければ整理がつかないし、残念さもわかる。周りの言うことなんか聞いていられないほどお辛いのかもしれない。私は、彼女の気持ちがおさまるのをまたせていただくことにしよう。

私は、逆に、最近ちょっと考えていることがある。

たくさんの人に良くしていただいているとは思う。でも、愛情の受け止め方が下手なのかもしれないなあ、ということ。先日から、真ん中っ子、の話をしているけれど、真ん中っ子なりの拗ねた見方をしていないか気を付けている。なぜかと言うと、身近に、人から一杯一杯愛されているのに、受け止め方が超ド級に下手な奴がいて、これ、私が昔(ちょっぴり優等生時代に?)やってたことと違うかいな?と思っているのである。もしもこれをご本人が読んでいたら、ちょっとは自分を振り返りなさい、と言いたいのだが、顔を見たら、この件については何も言わないでおこう。そうだ!明日、会うんだった!

少なくとも私ともう一人は、しっかり考えて、それなりの立場で、あなたのことを考えていますから、ね。

辞められる側の淋しさって、あっただろうなあと思うときがある。

寿退職をしたときから、いろいろな職場にお世話になって、いろいろな職場を去ってきた。自分がいなくなって淋しくなってくださる方のことを考えたことがあったのかどうか。置いてきた生徒さんのことはすごく考えたけれど、それ以外の人のことを、淋しいと思っていただいているところにまで思い至っていたかどうか?愛情の受け止め方が下手な私は、結構、失礼なことを重ねてきたのではないかと、ちょっぴり反省もしているのである。自分だけの片思い、と思い込むのも失礼な話だ。誰に対しても。だって、愛情を掛けてくださる人は淋しいではないか。これからは、きちんと人の愛情を受け止めて、自分だけ思ってる、みたいな考え方は絶対にやめよう。

八つ当たりできる人は、言ってくださった。あなたがいなくなったら、家族だけじゃなしに、どれだけの人が困って、どれだけの人が悲しい想いをするか、考えてみ?要は、私が、愛情の受け止め方が下手だってことだ。教師として、生徒さんや保護者の皆さんを思ってばかりだと思っている節がある。ごめんなさい。

昨日、Kくんのおばあ様が、祭日に指導した私のことを想ってか、お昼ご飯にと、有名なパン屋さんのパンを差し入れしてくださった。私が指導をしているからだけではない。きっと私のことちょっぴり親しみを持ってくださっていたり、先生に持っていっててあげよう、なんて、選んでくださったパンだ。私のことを考えてくださった瞬間があったということだ。その一つ一つの愛情を受け止められる自分でいたいし、またそうでなくちゃ失礼だ。誰に言っているのか、届きますように。

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