真ん中っ子の憂鬱


親はそのつもりはないのだろうが、真ん中っ子の憂鬱ってあると思う。

私は、真ん中っ子だった。

ちなみに兄も妹も器量よしである。

そして、私が小4、妹が幼稚園の年長さんのときに、妹が、遠視性弱視と診断され、母の想いは、妹に集中することになった。父は、当然、長男である兄の進路を気にする。

そうして、ちょっとしっかり者(小さい頃はあかんたれだった。仕方なくしっかりさせられたような気がする。)で、まあ、ちょっと周りより勉強のできた私は、別に親にその気があったわけではないだろうけれど、放ったらかしにされ、母が悩んだときには悩み事を聞かされる。妹の目のことに関しては、母は、それはもう、ノイローゼのような状態だった。このままだと、普通の学校に行けないかもしれないと、幼稚園でも検診で引っかかって、それで最初に検査に言った病院で、左目は何とかなっても、右目は手遅れです、と言われた母は、それ以降、妹の目のことだけ考えているような状態になった。

私が少々成績がよかろうと、ほめてはくれない。それより、できていないことを注意される。妹は、おだててでも、とにかく褒めてて褒めて、目の訓練をさせようと必死だった。部屋を暗室状態にして、光線をあて、視力検査をする。塗り絵のような、点々を辿っていく作業や塗り絵をさせなければいけないが、元来、こまめでも生真面目でもない妹は、すぐに遊びに行ってしまう。公園に、迎えに行って来て。目の訓練して。悲壮な声で、母は私に訴え掛ける。私は小さな教師よろしく、お母さんが心配するから、と半ばお願い状態で、妹に、目の訓練を、やってもらう?のである。

当然、妹には買い与えるものも変わってくる。とにかく目の訓練をしていただくために?、母は、結構なんでも言うことを聞いたし、妹を叱っている様子を見たことがない。

私には、その分、思い切り八つ当たりしていたと思う。眼科での検診で、視力が思うように出なかった時、あるいは下がった時など大変だった。それだけ頼りになる娘だったのだと光栄に思おうとしても、やはりさびしかっただろうと思う。

だから、私は、勉強も、ピアノの練習も頑張った。けれど、父や母に褒められた記憶はあまりない。まして、父は、古い考え方で、女が学問をし過ぎることを良しとするようなタイプではなかった。それよりも大切なことがたくさんあると信じていたようだ。学問させたかった兄は、フランス料理のシェフ&パティシェになり、勉強させたくなかった娘は、高校の教師になった。三人目の、目で母が思い切り大騒ぎし思い切り甘やかした妹は、本当に怠け者で、学校の課題もいつもお姉ちゃんとお母さんにやってもらい、高校受験も府立は落ちて、華やかな女子校に進み、そのまま華やかな着倒れの街、京都の華やかな短大にお進みになり?視力は回復し、なんてことなく三人娘の母として、立派に暮らしている。同じ京都の大学に進学しながら、バンカラな学校に進んだ私とは違って、なんだかいいとこどりである。

先日、生徒の一人と話していた。なんかさあ、先生、大学出て、自分が得したことなんてないような気がする。あの時代、短大卒が一番もてはやされたし(妹へのやっかみ?)。なんか、学校で勉強させていただいたから、いつもなんか世の中のためになってないと、とばっかり思ってきて・・・、と言ったら、彼は、なんだか納得してくれて、私という人間を理解してくれていたようである。

で、最近親に反乱を起こして、そうしたら、二人して反省してくれて、母が父に話してくれて、反省しすぎた母は、まだ、反省と落ち込みの最中らしく、父がよく電話してくれるようになった。

私は、たまたま教師で、大学で、教育関係の勉強をしたからかもしれないが、私が母の立場だったら、たぶん、妹にの方を生きていく力を持たせるために、厳しく育てただろうと思う。そうして、病気?の子以外の兄妹への精神的負担を、もっともっと考えただろうと思う。それはそれで、通ってきた道が違うのだから仕方のないことだけれど。

母は、それなりに知的な人であると思う。でも、知的であるより、気持ちを受け止めてほしいときもある。

私が、里帰りして、サンダーバードで、帰省したとき、二人の男の子を連れたお母さんと一緒になった。野球少年らしい男の子に、話しかけていたら、乗車してから、お母さんが、私にいろんな話をしてくださった。なんと同じ富山の人だった。

お兄ちゃんが、白血病で、大阪の病院に入院したこと。弟くんのことも気に掛けているつもりが、彼が描いた絵が、色彩がものすごく暗くなって、知らないうちに負担を掛けていたのだなあと思った、入院中、大阪の人の明るさに助けられたことなど、いろいろ大変だったことや、辛かったこと、そして、幸せであることなどを話してくださった。

そのお母さんが、知的かどうかなんてわからない。でも、そういう、そばにいる子供の気持ちに寄り添えるってすごいなあって思った。

勉強しなさい、とは言わないようにしてきたつもりだった。でも、それなりに心配してそういう表現もしてきたと思う。でも、何とか子供の心に寄り添うように努めて、子育てしてきたつもりだったし、どんなに忙しいときでも、気持ちだけは聴くようにしてきたつもりだった。一人ずつ、ときどき一人っ子のような時間を作って、一人一人が大切だということを伝えるようにもしてきた。愛情だけはかけたつもりだった。自分の経験から。子供たちに伝わっているかなんて、わからない。でも、若い自分が、精一杯、親の姿を見て、それだけはするまいと思ったことは守ってきたつもりである。それだけで、親としての自分を許してあげてはいけないかなあ、なんて思っている。子供の方から見たら、至らないところは多々あったのだろうけれど。

真ん中っ子がみんなそうだとは限らないけど。

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