受験期


本格的受験期に入ってきた。まずまず順調。今年は、早めに来てくださっているので(昨年は開校したばかりだったから、どうしても出足が遅くなってしまった。)、まずまず、いい調子で仕上がって来ていると思う。

受験指導は、面白い。途中で起こることにあれこれ対応し、とにかく合格へと導いていく。とにかく受験の時期に間に合わせる。学校ではないので、受験指導となったら、出題するところを徹底的に取り組んでいただいて、変な表現すれば、必要のない難しいところに手を出させたりしない。その子の志望校に合わせて、必要か必要でないかも判断し、弱点を補強し、強みを増やしていく。自分の指導の仕方を、常にこれでいいのかと再検討を繰り返し、ふと思いついたことをやってみる。その、一見生徒さんや受験を通してではあるけれど、結局自分との闘いであることが、私にとっては非常に魅力的である。自分が工夫し、改善を重ねた結果が受験の結果に顕れる。ご本人にとって一番いいところに落ち着いていただく、それぞれのお子さんの出会い、というものとは、また別の次元での、私自身の闘いがあり、結果がある。

 生徒さんも保護者の皆様も共に戦っている感じがある。時間を共にすることで、お互いをわかろうとし、理解し合い、心の交流があって、そして、それは、明日の自分を強くする、よい思い出となっていく。皆様といいお付き合いをさせていただいている。私を信じて、教室に通っていただいていることが本当に嬉しいし、感謝もしている。

 結局、人は自分一人ではなんにもできない。

 とかなんとか言ってるが、周りから社交的に見られていた感じがないわけではないが、その昔、私は人と一緒に何かに取り組むことが苦手だった。今思えば、人間って、変わるものだと思う。年を取るのは悪いことではない。何度も何度も脱皮して、考え方も少しずつ変わったりして、違った人間になっていく。これから、自分のどんなところと出会うのだろう?そして、周りの人の、どんな変化とお付き合いさせていただくのだろう?

 先日、ある人に言われた。まあ、言えば、あなたの黎明期ね(この年で?)。今までいろんな経験をしてきて、今、とってもしあわせに生きているんだと思う、って。

 頭ではウソでしょー、と思っているフリをしているが、確かに実感としては、好きなことを好きなように、好きなだけ、やらせていただいている感じがある。何かを誰かのせいになんてできない。全部自分で責任をとればいい。何かの条件が整っていなかったから、などと言い訳なんかしなくても大丈夫。自分が思ったようにやってみればいいし、結局、思ったようにしかできないのだと思う。それが仮に、一時失敗に見えたとしても、そう思える時期があったとしても、それは次のステップにつながる。

 なあんて、私のメンターは、いつも実証して見せてくださる。

 もう、すごい!

 この間、失敗しました!と言っていたのに、もう、軌道に乗せている。何度も再試行を繰り返し、四の五の言ってる暇あったら、実験、とばかりに行動して、結局、成功している。そんな人を見ていたら(お会いしたことはないけど。)、失敗ってなんやねん。この世に失敗なんてあるんかいな?と思えてくる。

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