ありがたい人

September 7, 2015

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昨日の夜は、O先生の科学の授業があった。

事情を話し、教室を開けて、その後は休んでいた。

 

生徒が来るまでの間、少しお話をした。

私とは全然性格が違うと思うが、O先生は、本当に私を助けてくださる方だと思う。いつも、ことさら、という感じではなく、でもきちんと状況を判断して、そして必要だと思われるときに、必要なことを言ってくださる。

 

O先生と、今、数人同じ人間関係がある。本当は、もっと人数的には多いし、また増えることになるのだけれど、まあ、今は数人。同じ人に接していても、印象や、受ける感じ、伝わるものは違うようで、私のある方に対する、驚きを言ってみると、「要するに、先生と波長の合う人が集まって来てるんじゃないですか?」なんてちょっと嬉しいことを言ってくださった。そのうちの一人は、もちろんO先生で?とは聞かなかったけど。

 

ある人について、どうしてあんなに普通なのか?という論議だった。

 

高校時代、三年の現代文の時間、確か男子2人、女子2人くらいの割合だったけれど、ある男子について、議論したことがある。もちろん、先生が授業していらっしゃるにも関わらず。

その男子、というのは、運動部、しかも花形選手で、成績抜群、いわゆるハンサム。たぶんおモテになったのだろうが、私などとは無縁の方で、彼が、受験勉強のために授業をさぼっても、担任の先生も、「もう、○○くんは!」と甘い顔して、ちょっぴり形だけ咎められる。で、彼は頭に手をやり、目をきらっとさせて、すんませーん!という様子。それさえ美しい光景だった。誰も文句を言う人もいない。

で、彼の非は何か?という議論を始めた。そう、現代文の授業中に。

あれやこれや考えたが、欠点が見つからない。私のような、可愛くない、できのよろしくない女の子にも平等に親切で、結論は、「そうや、非のないところが非や!」ということになった。

 

私は、体育の時間、バドミントンの男女ペアのダブルスで、その話題の彼とペアになったことがある。どうしたらええのーん?文化部だし、それとも関係なく、体育ダメ人間の私。神様もここまで意地悪する?足引っ張るだけやん!ところが、なんだか勝ち進んでしまい、横にいた彼に、ニッコリ、「俺ら、強いなあ。」と言われてしまい、「うん。」と頷くしかなかった。ただし、私好みでは全くないので、責任感から、よかったとは思ったが、ドキドキはしなかった。私がこの試合を覚えているのは別件で、である。私はその時、もしかしたら、バドミントンなら唯一スポーツの中で、趣味にできるかも?と思ったのだ。

 

そんな人も世の中にはいらっしゃるのだろうけど、それにしても、なんでもできる人というのもいらっしゃる。驚いてしまう。

ちょっと違うけど、私はO先生と、ある方の気遣いの素晴らしさについて話していた。

人間、心配りができて、なんぼ、という面あるなあと思う。だって、私など、人が、何ができる、これができる、という、できる部分より、人のことを思える能力にこそ、感動してしまうところがあるから。

 

あまりに仕事をせず、休んでいるので、せめてブログを、と思い書くことにした。

明日、自習室開放時間までは、お休みさせていただこう。

 

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