現代文

June 6, 2015

 現代文を教えていると、いろいろな言い訳ができます。

なにせ、センター試験に頻出の話題だって、11ほどもありますから、どんな話題にも慣れておかなければならないので、どんな本を読んでも、それは現代文の指導に生きていることになりますから、自分に投資、とばかりに自分のためであっても、勉強という名目が立ちます。我ながら、都合の良い教科を選んだものだと思います。家事だって、まったく関わらないとは言えません。料理系列の話がないわけではないし、小説にはお菓子も出てきますし、古文には衣装の描写も出てくるので、国語は、生活から、学ぶべき要素が満載の教科です。

だからって、この本の数はなんなんだ!と怒られようが、顰蹙を買おうが、私は本に囲まれていないと、空気が吸えないくらいに不自由な気分になります。音楽も好きですが、やはり、どちらを選ぶ?と言われれば、本になると思います。

よく、無人島に、一冊だけ持っていけるとしたら、何にするか?という話題がありますが、私には何冊か候補があって、まずは、『源氏物語』。かなりの長編ですから、確か時間を過ごすのによさそうです。もう一つは、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』です。これも長い。そして、最近、候補に挙がったのは、ビクトール・フランクル『夜と霧』です。『夜と霧』は、読むまでは、イメージ的に、最後まで読み通すことができるのだろうか?と不安に思うほど、読むのに覚悟がいると思っていました。でも、読んでみると、生きる希望が出てくる本でした。人の苦難の書かれた本を、生きる希望につなげたら、不謹慎ということになるのかもしれませんが、どんな絶望的な状況のなかでも、誇りを持って生き抜いた先人が存在した、ということに、私は、絶望よりも、希望を見出だしました。もしよろしければお読みください。私は、何人の人にお貸ししたかわかりません。この本だけは、一生抱きしめ続けたいと思います。絶対あの世にも持っていきます。それほど素晴らしい本だと思います。フランクルについての勉強を、放ったらかしにしているので、そろそろ再開しなくては・・・、と言いつつ、先ほどの夏のレシピ113はどうするつもりなのでしょう。有言不実行で乗り切るのでしょうか?それともいつものように、なんやら期限よりも長ーい時間

 

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