銅像!?


銅像、と考えて、フッと思ったのですが、銅像になるような人って、美しい方がいいんだろうなあ。相当に現実の姿を修正しているのかもしれないけれど、もしかしたら偉大な人というのは、美しいのだろうか?

批判されて、それを乗り越えるために心を鍛えて、美しくなられたのでしょうか?

なあんて、やっぱり、変なことを考えてしまう私。

私と母の男性の好みはとても似ていて、あまり美しい人より、ちょっと幅のある、器の大きそうな人が好きです。いわゆる今っぽい、カッコいい人ではなくて・・・。若い頃は、ちょっとカッコいい、というだけで、ちょっと拒否反応、というくらいでしたが、年を重ねて、それも立派な偏見だと思いいたり、考えを改めもしました。

以前、一緒に歩いていたとき、私たち好みの若い男性を見つけ、ちょっとばかり道案内をしていただいたりして、母は、「いくつくらいかしらん?賢そうな人やったなあ。」と言ったことがありました。

母の好みを再確認してしまいました。私も、若い頃なら、素敵!と思ったような青年でした。

おばあちゃんは、イケメン好きでした。あの世で、おばあちゃん、「あんたらとわては、好みが違う!」と叫んでそうです。明治生まれで、「清人」なんて、ハイカラな名前だったおじいちゃんは、確かに確かに、すごーくハンサムでした。でも、おばあちゃん、よく怒ってたなあ・・・。気が強いくせにあかんたれのおばあちゃんと、おとなしくて優しい気性のおじいちゃんは、今頃、あの世で、どんな話をしているのでしょうか?

人の好みはそれぞれ。自分の魅力は、自分が一番知ってなくちゃいけないんだろうなあ、と思います。そうそう、どんなに私が、可笑しくても!

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