「風に立つライオン」


さだまさしさん著「風に立つライオン」が映画化されましたね。(以下の話は、ストーリーの構成、とか、映画の出来不出来というレベルの話ではありません。)

以前から、さださんの「風に立つライオン」という歌が大好きでした。震災の後、指揮者の佐渡裕さんと一緒に被災地の方々を応援するため、「さだ・ゆたか★題名のあるコンサート」(なんだかいかにもさださんらしい命名。)を開かれましたが、そのエンディングでさださんが歌っていました。

テレビで録画して、何度も何度も聴いていました。

実は子育て時代、紅白歌合戦で聴いたときは、「なんかさだまさしの今までのイメージとは違う、スケールの大きな歌やなあ。」と思っていました。現実の子育てが大変で、なんだか、使命に生きる、みたいなことが、遠くにあるように思えて、ピンとこなかったのでした。

しかし、東日本大震災の後で聴いたとき、その歌がものすごく心に響いて、歌の主人公?の気持ちが痛いほどに伝わってきて、どうしようもありませんでした。

当時、私は予備校講師をしていました。学校現場も長かったし、受験指導も長くなって、まあ、いわゆる年季の入った講師。でも、教育現場にいると、いろいろ考えることが多くありました。

その年の国公立二次試験が終わって数日したころ、私は、インターネットで、高校の同級生が、医師になっていることを知りました(この表現は、実は、不適切です。高校の先輩にも同級生にも、後輩にも、医師になっている人は数えきれないほどおられますから。その同級生が、どういう人かが問題なわけで。)。また、なぜ、その人のことを調べたかというと、予備校の同僚に、文学部出身で、大変に面白い方がいらっしゃいまして、我々の若かりし頃に流行った歌などの歌詞や、童謡を分析し、それを説明してくださるのです。私は、日本文学出身で、それは興味を持って拝聴していたわけですが、根が単純なので、「『探偵物語(薬師丸ひろ子)』は、○○くんのことを考えながら聴いてたんだよねー。」と思わず言ってしまったのでした。その○○くんは、当時付き合っていた彼の友達で、同じ選択音楽で、にわかドラマーをやることになった男の子でした。ちなみに私は、ブラスバンド部の名ばかりドラマーでした。下手だけど、立場的にドラマーやるしかしょうがない、当時はおとなしかったし、目立ちたくなかったから、そんなことしたくなかったけど、半ば自己改革のためにやってたとも言えるのですが(あのころがなければ、教師なんかできてない。)、まあ、そういうわけでした。

指揮者をしていた彼から、「今度、こいつがうちのグループのドラマーやるから。」つまりは、部のドラムで練習させてやって!というわけで、ちょっとばかり交流のあった人でした。あんまりしゃべるのを聞いたことがなくて、今も声を覚えてはいません。ただ、音楽の時間、バンドの発表が終わった日に、ボソッと彼がつぶやいた言葉が胸に残って、「ああ、もうこの人と、話すこともなくなるんだなあ。」と思ったのを覚えています。彼は、私より、その彼のドラムの方がうまかったと言いました。つまり、ドラムもにわかドラマーなくせしてうまかったわけですね。

次の年、高3になった私は、受験勉強をしながら、「探偵物語」を聴いていたのですが、そこに登場するのは、彼ではなく、ドラマーの○○くんでした。(ちなみに今も、カラオケでは、「探偵物語」は、「プライド」と並んで、私の十八番です。ついでに「瑠璃色の地球」も入れとこうかな?)

それを言ったがために、同僚は、その話を使って、生徒に進路指導を始め(自分の青春時代はどうなんや!)、しまいには、ドラムをたたく真似をして、○○くん○○くん、と三連符をたたく真似をしだし、生徒は笑って、すっきりした顔で、受験校を決め、同僚は、「いやあ、僕らの高校の頃は、先生方、こんなに親身に進路指導してくれなかったなあ。」と自己満足に浸りだし、挙げ句私はなんだか美しくないイメージをもたれ・・・。そうだ!今頃彼は、何をしているのだろう?とその頃やっとネットに慣れだした私は、調べてみることにしました。

なんと、お医者様になっておられました。愕然!

でも、お医者様だから、ではなく、彼がお医者様だから、お医者様が、急にすごくなった、みたいな驚きでした。

使命・使命・使命!なんだか、あのおとなしい人が、そんな情熱持っていただなんて!「風に立つライオン」地で行ってるやん!業績を調べて、またびっくり。

私たちは、ある意味、文章と共に生きていますから、文章での嘘は、ついつい見抜いてしまいます。まだ会ったことのない人でも、文章を読めば、人柄がわかってしまうところがあります(わかる、なんて言ったら、それはあまりに不遜というものですが。)。文章の行間から、使命感と、思いやりが溢れていました。

負けた・負けた・負けた・・・。それなりに使命感を持って仕事をしてきたつもりの私は、しばらく嫉妬に駆られ、自分が情けなくなり、私なんて、甘い、甘い、甘い、とばかりにその年の後期試験までは、もう、何があろうと全力で、受験指導をしたのでした。

この数年、仕事を通して、考えさせられることが多く、自分が何を求めて仕事をしてきたのかを振り返ることが多くなりました。同僚二人の死にも遭いました。やはりいろいろ考えました。

辛い想いもしました。そんなとき、思い出したのは、そのお医者様になった彼のことでした。すごい試練を乗り越えてきたんだろうな。

教室を開いて、ちょっと頑張ったよ!と思いました。でも、やっぱりかなわないなあ。

若いころ、鼻っ柱の強かった人が、意外に、人生で起こる辛いことに、しっかり立ち向かえなかったり(と思われたり)、おとなしくて、あの人が!?という人が、意外にものすごく芯が強かったり、人というものはわからないものだなあと思います。今では、彼は、私にとっての「仕事の神様」になっています。うん、見習おう!無理です。無理。

「風に立つライオン」を、日曜日の夜、一人で観てきました。この映画は、一人で観ようと決めていました。だって、泣くに決まっていますもの。

案の定でした。

医師である主人公は、高校生の頃、やはりおとなしくて、合唱コンクール?で、ソロを務めてから、性格が明るくなったとありましたが、なんだか、そんなところもドラマーの彼に重なりました。

受験指導が終わって、気持ちを切り替えて、新年度の仕事に向かうこの時期、観てよかったと思います。頑張らなくちゃ!

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