生活の中の些細なこと


日常生活が好きです。

なんてことない穏やかな日。


仕事をしていて、そのことにばかり気を取られていると、家事をしていても、ただただ焦るばかりになってしまいます。

頭の中は、あれをして、これをして・・・。


もう、数か月前になるでしょうか・・・?

親しいお母さまから、「真弓さん、最近、ちょっと、気を遣いすぎてる?う~ん、悪く言ったら、こせこせしてる?なんか、あちこちに神経張り巡らしてるみたい・・・。」と表現されたことがありました。


自分で言うのもなんですが、私は、生活も仕事も楽しむのが得意。

いや、楽しめないことをそもそもする気がない。

というか、やるなら楽しめるまでやる。

そのことの面白さというのは何だろう?というところまで行きつきたい。


きっと、どこかに、傷があったのでしょう。

思い当たることもあるのです。


最近、本当に最近、気づいたのですが、人というのは、仮に、自分が悪いとわかっていても、自分の中の弱さと直面することは苦しい。だから、人のせいにしなければやってられない時もある・・・。

そんなときの言葉を、私は何人かから、受けていました。

あるいは言葉ではうまいことを言っていて、その実、違うことをしていた、とか・・・。


どこかで、信じることができなくなって、心を通わせることよりも、事柄を動かす、道理的整合性の方に気持ちが言っていたのだと思います。


数日前、いえ、夏休みに入る前かな?

私は、したいように指導していました。

そしたら、楽しさが戻ってきたのです。


身体がクタクタなことなんか、どうでもいいのです。

楽しければ・・・。

生徒さんに役に立ってるという実感があれば・・・。

心通わせる瞬間の重なりがあれば・・・。


昨日、面談がありました。

昨年は、「ぜひ、うちで指導させてください!」と強く言えなくて、いえ、言える気持ちになかなかなれませんでした。

11月頃になって、「やる気が戻ってきました。」と親しい保護者の方に言えるようになりました。

だから、今でも、昨年は仕事をしていなかった、と言い切ります。

生徒さんたちからしたら、「ウソ―!」というほど、そんな風には見えなかったらしいのですが・・・。


最近、また、面談があるたび、「ぜひうちで見させてください。ねっ、頑張ろう!」と親御さんにもお子さんにもしっかりはっきり、もっと言うなら自信をもって、言えるようになりました。

指導に納得できているからだと思います。


だから、最近、オリジナルの教材が増えてきました。

今、生徒さんがこれが苦手!と思ったら、その場でサッと作成してしまいます。

そんな機転も利くようになり、気持ちも、そうなってきたのだと思います。


昔、些細な仕事ができなくてはダメだ、日常の、小さなことに、心を通わせ、そこから喜びを見出すことが、生活を楽しくするということだ、とお聞きしたことがあります。

そんなことをすっかり忘れている自分になっていたなあ、と振り返っています。

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