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○○年前の今頃のしあわせー第二子長男のお誕生日💛


○○年前の今頃は、人生の中で最も幸せな時間のうちの一つの時間を味わっていた。

朝の4時過ぎに息子が生まれ、9時には私のそばに来ていたのである。

私のベットの隣のコットに眠っていて、泣けばすぐにおっぱいを含ませた。


なぜにこんなに早くやって来たかと言うと、奴は生まれて私と離れてから泣いていたらしい。

9時に、看護師さんから、「赤ちゃん、もってくる?」と訊かれて、即座に「いいんですか?」と言って持って来てもらい、そして5時間ぶりの再会をした。

「あれ?」と言うと、即座に看護師さんが、「そやねん。その子、泣いててん・・・。」と言われた。

赤ん坊の癖に幾分しゃくりあげている。感情ありげに。

それから、姉は私と違ってしゃくりあげて鳴くことはなかったが、この子は私と同じ、精一杯我慢してから泣くかのように、いつも感情一杯にしゃくりあげた。

姉の方がいかにも強くて我慢強いように思われがちで、弟の方はどこへ行っても人懐こくて、誰とでも仲良くしているように思っていた。

老子の、「上善の徳」と体現したかのように、まるで水のように誰の中にも入っていく。

「この子はええ子やー。誰の膝にでも乗って、懐いて。」

大きくなってほかのお父さん仲間からも可愛がられた。赤ん坊のころから、「この子はおとなしくていい子や。」とも言われた。

家族の渉外を一手に引き受けているような子。


生まれたときから、まるで何かを吸収するかのように、こちらのストレスを吸い取ってくれるような子だった。

側で寝ていると、とにかくホッとした。

そんな子だから人の思いをあれこれ受け止めて来てくれた、ありがたい存在である。


お義父さんの願いを入れて、お義父さんの名前の一字を入れるのに、私は苦労した。

ちょっと古めかしい道徳的な字だったから。いわゆる流行りではなかった。

でも私の大好きな父方の祖父も同じ一字を持っていた。

イケメンの当時ハイカラな名前を持ったおじいちゃん。○人という名前だった。

辞書を引き引き、その一字と相性良さげな字を探していた瞬間を今でも雰囲気そのまま覚えている。


水の流れの様子を表すその一字をもった息子のことを、ときに、


この子、水みたいな子やな。


と思っていた。

高いところも低いところも流れていく。沁みわたっていくように人間関係を作ってくれる。

どこか才気煥発で独自の、私とは全く違う方面に力をもっているような娘とは違って、どこか私と似ていながら、もっとどこにでも沁み込むように人間関係を作っていった。


ここ10年の間だったろうか?

私は老子が好きで、岩波のワイド版の新書『老子』を手元に置き、悩んでは読むようになった。

そのときに、上善の徳を知った。

上善は水の如し。

老子に教わったのではなく、奴の姿に教わったことが書いてあった。


小さいときから友達思いで、誰かに思ってもらうのが嬉しくてならなかった。

誰のことも大好きだった。

我が子にこともあろうか老子の説を適用するなんて、何たる親か?と思われそうだけれど、学問はさておき、私は徳のある子に育てたかった。

徳があれば生きていける。それにプラスして学問なり、好きな分野なりの力を着けて行けば生きていける。

それぞれに持っているものを最大限に活かしてほしかった。

ましてや娘など私の知らない大きな世界に通じているようだったから。


我が子を思って、大好きな老子を思えるなんて、ちょっと嬉しい。

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