完徹の数日間-大学受験指導とともに・・・。


この二週間ほどは、とんでもない生活をしていた・・・。


なぜか?

勝手知ったる大学受験指導のためではない。


高校受験指導のためでもない。


新入塾生に気を遣って、でもなければ、面談のあれこれ、のせいでもない。


そう、相手は確定申告のための記帳・・・。


毎年、ほぼほぼ一日で入力し、一日完徹をすれば、なんとかなった。


が、そのツケが回ってきた年もあった。


そこで、お目付け役の先生についていただくことにしたのが7月。

さすがに監視役の先生がいらしたら、私もしっかりと取り組むだろう・・・。


そんなわけなかった。


指導がしたいのである。

生活の中心は指導。

そう言えば、夏、教室を片付けるのに、昼間っから頑張って、それが楽しかったのを思い出してしまったけれど、何かがなければ、絶対に指導にのめってしまう。


それでも自分を許せないくらいに、指導にのめる。

まるで大義名分を持っているかのように、指導をしていたら、ほかのことは・・・、という数年を経て、あれこれ気にしだした昨年。

私はあれこれ勉強し、それが指導にも生きるようになってきた。


今回の記帳も、先生に半ば叱られて、重い腰を上げながら、「私は、100%指導に掛けたい!」と言いつつ、毎日頭の片隅5%は記帳がある、という状況になった。


し、し、しかし・・・。

のたうち回った、記帳。

今日はできる、と思った記帳

その日数は、二週間を超えた。

だいたい、舐めていたよなー。私。

途中、何年も出さなくなっていた知恵熱を出して、ご近所の方に笑われた。

「知恵熱」・・・。


反省することしきり。

それなりに時間も知識も、また、ソフトを一つ使いこなせるようになるには、それなりの時間も深さも必要なわけで・・・。

何度チャットポストや電話での対応に頼ったことだろう。

何度迷い、何度も自分のやり方でやり直した。


実は、そういう、先の見えてこない道を歩いていくのが、結構好きだった自分を思い出した。


開業当初、どうなるかわからないところを一生懸命に手探りで、どうすれば人の役に立って、それなりに頼れる存在となれるか?と考えていた頃を思い出した。


生徒さんが帰ってから、あるいは時には目の前にいるときに、私はできることを少しずつこなした。

帰るのが朝方になったこともあれば、最後の2日は完徹だった。


今朝、やっとゆうパックで先生に書類を送ることができた。

きっとまだまだ不備なことが多いだろう。

ご指導いただくこともたくさんあるだろう。


でも、久しぶりに、受験生のような、そして、わからないところを粘り強く探っていく過程を味わうことができた。


正直、記帳があるから、それをしなければならないから、私は逆に指導が新鮮で、実は、指導のコマを勝手に自分の分を増やしてしまったこともあった。

補習の形で。


こういうことで、気分転換になるなんて思わなかったし、わからない時の生徒の気持ちがわかったようで、ああ、先生につくって、大切なことだなあ、と思った。


「まだ終わってないが―?」と率直に訊く生徒もいれば、ふふふ、とちょっぴり鼻で笑われている感のある生徒もいながら、何となく一緒に乗り越えていた感もある。


おかしなもので、苦手なことが、かえって新鮮であったり、ああ、こんな風に私は先生とは逆の立場になって、ご迷惑をお掛けすることになることもあるんだなあ、と思った。


自分の仕事が大切な分、ほかの人の仕事が滞ったり、あるいは進むのを邪魔することはものすごく嫌である。

でも、致し方ないと思っていたし、今までは致し方のないことだった。


けど、これからは、致し方のないことで終わらないような自分になりたい、と思っている。

本当に反省している。

けど、本当に学びも多かった。


それから、いかにいろんなことを学んでいた一年であったかも、あらためて実感できる期間であった。

やはりデータというものはバカにできない。

数字に強くならなくては・・・、と思っている。

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