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受験指導を終えた私の気持ち

  • 3月17日
  • 読了時間: 4分

更新日:5 日前

ほんっと久しぶりのカフェ。受験指導が終わったことをつくづく感じる・・・。

今日は母と一緒に大きな病院を受診しました。受験指導の時は、忙しすぎて、病院に行くのが気分転換になっていたことに今更気づきました。あの頃は、保護者の方と連絡を取ることが多かったのを思い出します。


受験指導の重み


受験指導は、人の人生がかかっています。どんな条件であっても、一度引き受けたら、自分の仕事を全うしなければなりません。今年は特に、周りの条件に左右されず、自分の仕事を全うできた年だったと思います。修行の面もありましたが、徳を積むという言葉があるように、全ての指導をしっかりやったと感じています。


相手がどんな態度であっても、誠実さが欠けていると感じても、受験が終わるまでは言いたいことを言わないようにしていました。誰かのせいにする逃げ場を与えたくなかったからです。気になることは全員について、特に保護者の方についても、受験が終わるまではストップしていました。


人とのコミュニケーション


人には格があります。全ての人が同じ格で生きているわけではないので、当然に話が通じないこともあります。でも、そういうことも含めて、言えることも言えないこともありました。教育的観点からも、言わなければならないことがあっても、言い訳の余地を残してはいけません。受験が終わるまでは、言わないことにしていました。


そんな話を病院からしていたのを思い出します。


帰りに久しぶりに氷見に行きました。


早くも桜が咲いていた。

本当に氷見の街がきれい。この写真では美しさがあまり伝わらないかな。

氷見にはお気に入りの古本屋さんがあります。昨年からたくさん本を買ってきましたが、なかなか読む時間がありませんでした。しかし、昨日から読んでいるアーサー・ウェイリーの『白楽天』は、なぜかすごく頭に入ってきます。前回読んだ時には理解できなかった部分が、今回ははっきりと史実や白居易自身の人生の出来事として感じられます。


ああ、本が読みたいと何度思ったことでしょうか。病院の待合室で本を読んでいたことを思い出します。そんな生活の中で、家庭人としての部分が増えてしまい、講師としての自分が削られていたのではないかと感じます。


自分を見つめ直す


この四年間、私は仕事をしていなかったのではないかと発言してみたところ、「えええ?そんな風には思えませんよ!」と言われましたが、自覚があるので仕方ありません。自分が仕事人として甘えていたのではないかと、先日卒業生が来てくれた時に反省しました。


それはそれで、自分のメンテナンスという意味では楽しい生活をしていました。ドライブにもよく行き、クリニックや病院にも頻繁に行っていました。でも、本を読んでいなかったのです。そして、生徒に「それは違う」ときちんと言えていたのか、疑問が残ります。


そんなことを考えながら、春期講習を控え、どうすればすぐに癒されるのかと考えた結果、カフェに行くことが思い浮かびました。ビジネスのお師匠たちは、皆カフェに行くと言います。カフェに行くことで、ビジネス的アイディアが湧いてくるのです。私も、指導の形や、どうすれば皆様にとって良い指導になるのかを考えたいと思いました。


アミダカフェの体験


以前から行きたかったアミダカフェに行ってみました。ご近所の方が、そのカフェラテが素敵だと話していたのに、隣の大仏さんには毎月お参りに行っているのに、いつも素通りしていました。


初めて入った店内には、ゆるやかに音楽が流れていて、カフェラテをいただきながら、私は相当なリラックス気分になりました。主婦でも代表でも講師でもない、ただの自分の時間です。ゆるやかな音楽が身体に沁みていきました。ほんの数十分でしたが、教室に届く荷物のことを思い出し、急遽教室に帰ることになりました。


コーヒー豆を買いたかったけれど、選んでいる時間もなかったので、今回はパスしました。次回はどこかでコーヒー豆を買わなければなりませんが、どうしようかなと考えています。


あああ、ブログに書かなければいけない素敵な話題を忘れていました。でも、今日会った人が私たちのしたことを喜んでいる様子に、少し励まされたので、今日一日を終えようと思います。


最近、神経を使うことが多すぎました。教室自体のことではなく、教師として、塾の講師というよりも、もっと高度な教育について内心闘っていました。教育の本質を捨て去って教師をすることは、私にはどうしてもできません。


子育てもそうですが、私が一番大事にしているのは、人として、誰かへの教育です。伝わっていなかったと感じた時、無力感にさいなまれます。正直言って、合格したからといって、それで終わりにできることではありません。


まとめ


受験指導を通して、多くのことを学びました。人とのコミュニケーション、教育の本質、そして自分自身を見つめ直すことができました。これからも、国語力を通じて思考力や表現力を高めることを目指して、日々努力していきたいと思います。

 
 
 

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