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やりたがりな私の欠点ーインスタント食品などなど。


私は、何でも本格的なものが好きである。

おそらく辞書一つとってもそうだし、かつて、本格的なフランス料理の本を、およそ半年本屋さんに置いてあるのを確認し、ようやくの思いで買ったこともあった。

札幌時代に娘のバトン教室で衣装を縫わなければならなかったので、まるでお裁縫を習うように衣装を縫っていたし、教えていただいたので、まるで慣性の法則よろしく、縫うことは自分の生活の一部になっている頃もあった。

結婚した時にミシンを持って来なくて、少々困ってはいたけれど、娘が幼稚園に入ることにはどうしても必要になった、いう程度の使い方であった。

それなのに、仕事をするようになり、それなりにお洋服も必要になってきたころ、スカートなどは自分で縫うこともあった。

だからミシンが故障した時に、ミシン屋さんに見てもらったら、どうも修理できないところまでになっていて(結構ヘビーに使っていた。)、

どんなもの縫うの?

と言われて、服地を見せたら、

けっこういろいろなもの、縫うんやねえ・・・。

とおっしゃって、そもそもはコンユーターミシンを売りたかったらしいその方は、私には業務用ミシンとロックミシンがいい、と言ってくださって、安くしてくださった。

母に話すと、それは相当にいい買い物だったらしく、伯母や母がミシンであれこれ作っているのを見て育った私には、なんとも嬉しいものだった。


こういうところがいけないところでもある。

やってみたくなってしまうのである。

酷いときにはカーテンも・・・、となってしまったこともある。

だから、つい、お料理もだしを取って・・・、とやりたくなるし、できればレンジで、というよりも、茹で物なども、鍋でしっかりお湯を沸かしてやりたくなる。

効率の良いお料理をする気がほぼほぼない。


効率の良さを求めるときは、器具の使い勝手の良さなどに頼ってしまうが、手順において、省力化する気がまるでない。

掃除もそうである。


悪い癖だなあ、と思っている。


昔、担任の先生でもあり、母校の先輩でもある、それはそれはよくお出来になった女性の先生が、勉強の仕方の省力化について教えてくださるときに、インスタントラーメンの例を引いて言ってくださった。

インスタントラーメンをそのまま出したら、それはあまりよくないかもしれないけれど、そこにお肉を入れ、野菜を入れたら、立派な食事になります。

それと同じで、勉強も省力化できるところは、省力化しなさい。


一方、私は、ラーメンもコーヒーもインスタントも、そうでない本格的なものも、ちょうどその間にあるようなものも、まるでそれぞれを違ったものとして好きである。

コーヒーを、眠気覚ましとして飲むか?それともおいしいものとして飲むか?という用途の違いもあるにせよ、カフェオレにするなら、インスタントコーヒーの方が絶対においしいし、それぞれだと思っている。

夜、ちょっとお腹が空いたとき、温かいものが食べたくなって、一つのインスタントラーメンを仲良く半分こするときのラーメンは、やはりインスタントラーメンの方が私はいいと思う。それこそ、それっぽくて。

本格的なラーメンはわざわざ食べに行くラーメンだったり、旅先で食べるラーメンだったり、あるいは風邪を引きかけたときに、一気に治そう!というときのラーメンである。


それからもっと困ったことに、友人に怒られたのであるけれど、お魚を切り身でよりも、一尾で買って来てしまうのである。

それで捌くのに時間が掛かっても、つい、やっぱり捌いていないのを買ってしまう。

そうして、自分の手間を増やすのである。

この、手間を増やすのに、何のためらいもないのは、主婦としては良くないのかもしれない。

かつて、マヨネーズを作っていたとき、とうとう怒られた。

マヨラーの夫は、

お前の作るマヨネーズの方がおいしいのは認める。そやけど、使いたいときに、冷蔵庫にマヨネーズがないのは、問題や!

と叫んだ。

ありがとう。珍しく、私の作った方を褒めてくれて・・・。

とその時思った。

素直にそうだなあ、と納得し、スーパーでマヨネーズを買ってきたのは言うまでもない。


それにしても、あれこれ自分でやりたくなるのは良くないなあ、と思うことがたくさんある。

だいたい世の中にはやりたいことが多すぎるよ!


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