あんまり人物評をするものではないな、と思ったこと。


あまり、○○な人、という表現をしないようにしている。


それには理由がある。


いろんなところを渡り歩いてみて、およそふるさと大阪では、大阪人扱いされない私が、大阪人でひとくくりにされたり、あるいは属性や職業でみられたりするのが嫌だったからである。


どこに行っても仕事がわかってしまわれるので、それなりに身に着いてしまっているのだろうけれど、仕事だけで私と言う人格を見られたら、ちょっと寂しいかもしれない。


周りの人は、結構、あの人、○○な人やから・・・、で終わらせて、納得されることがあるけれど、私は一通り、自分がしてきたことを振り返る。

どこが悪かったのかな?とか、どういう見え方になっていたのかな?とか。

考えても考えても、自分ばかりがそうそう悪いわけでもない、とわかったときに、初めて明確に意見を言っているようなところがある。


意見を言っていることには、結構自分なりの筋が見えてきている。

それはないよなあ、という部分も。


どちらかと言えば、損得とかよりも、人間として、この場にいてはいけないな、とか、この人間関係の中にいてはいけないな、とか、私がこのままだと、誰かのために良くないな、と思ったときに引き下がるようにしている。



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